手首の痛くなる本ガイド


ずっとやりたかったことを、やりなさい。 [単行本]
ジュリア キャメロン (著)

昨日アマゾンから届いた本。
創造性を引き出すための12週間のガイドブック。
軽い雰囲気でなく、内容がしっかりしているので読み応えがある。
単純な自己啓発に終わらず、自分でしっかり「努力」しながら進めていくための本。
時間がない人にはあまりお勧めではない。(その分早く起きなければならない)

中で紹介している、朝起きたら一日3ページの文章を、想いのままに綴る
という「モーニング・ノート」をさっそくやってみた。手が痛い・・・。
3ページは正直かなり長い。1ページが終わる当たりで途方に暮れる。
だが、2ページの半分を超えると、終わりが見えるのでだいぶ楽になる。
ただ、手首がまだ痛い・・・。

法華経寺成満会

今日は明け方から法華経寺の「成満会」があったため、
家族が店を開けていた。
私とアルフはその間家のベッドでずっと寝ていたので、
私が寝ている間に始まり、終わったのである。
明け方5時頃、修行僧が唱える呻くような声が法華経寺のほうから
聞こえ初め、緊張したアルフが立ち上がり耳をそばだてたので
布団に耳から包んでやったりした。

週に一度の検診日

今日は都内では雪がちらついたらしい。
私は雪交じりの雨を見こともなく、お昼頃目を覚ました。
今日は検診日。1週間に一度になったので、いつも気づいたら病院の日である。
今日のエコーの先生はとても丁寧な人で、息子が背中に顔を向けて
一向にカメラのほうを向かないのを気にして、ずいぶん長くエコーの機械を私の
お腹の上を転がしてくれていた。もう2カ月ぐらいこっちを向いてないので
ほとんどあきらめていたら、最後にぐるりと回転し、なんとこっちを向いた。
鼻の穴やら目の窪みなど、特に「かわいい」と思えるような映りまでは
望めなかったものの、やはり背骨や足の関節ばかり見ているよりも
愛情を感じるのであった。

今日は史上最高のセミナー

という、自己啓発の本がアマゾンから届いた。中古の本だ。
クレジットで買ってしまうのでアマゾン貧乏なのであるが、今妊娠中で頭がおばかさんなので
ピンと来た時に軽く一気に読んでしまう本が貴重なのだ。

「こころのチキンスープ」なんて本も、最近読んだけど、心が少し無気力になっていたので
確かに「チキンスープ」として作用した気がする。
なんだかミーハーな感じがして嫌な気もするけれど、(夫にはおそらく馬鹿にされる)
私の中に確かに何らかの「向上心」が生まれるのだ。

さて、明日は夜中4時頃から法華経寺の「成満会」のため、カフェを開ける。
私は妊婦という特権を利用して、店には出ない。
また、白い衣をはおった若いお坊さん方がうちの店の前を行列するのであろう。
「喃妙法蓮華経」と唱えながら。
去年の今日は雨がちらついたのを思い出す。

「小説を描くな」

ネイバーで韓国語用のブログをつくった。(非公開)
韓国語の文章が下手すぎて、公開したら韓国語を教えられなくなってしまう。
英語は書く方が話すより楽だけど、韓国語は話す方が全然楽。
簡単な単語でも、間違って覚えているものが多くて辟易する。

今日は股と腰とが重く痛い。ベッドにいると何でこんなに重力を感じるのだろう・・・。
起きている方が数倍楽なのに、起きるのが辛いというジレンマ。
でも2週間前になってもこのぐらいなら、想像より遙かに楽だ。
私はラッキーなのか、それとも産むときに一気に来るのか・・・。
想像するしかない。

夫はよく、私が想像をして話をすると、「小説を描くな」という。

割と妄想族な方なので、想像の話をやめろと言われると、話すことが
ほとんどなくなってしまって困るのだけど、夫は、うまくいくかうまくいかないか、想像するしかない
話で無駄に時間を潰したくないらしい。

人生に無駄なことなどないのだよ。と言っても無駄である。

ブログを書いていると、「特筆すべきことなし」な一日が多いことに唖然とする。
それを確認するために、わざわざブログを書いているようなものだ。

「アイデアのちから」と「きことわ」を読み終わったので、今度は
中島京子の「小さいおうち」と、途中だった(韓国語のヨン様ファンの生徒さんにお借りしている)
ヨン様の「韓国の美をたどる旅」を 読む予定。

ヨン様をあなどってはいけない。すごくいい本だから。

快方に向かう

息子の足形や手形が奇妙なほど浮き彫りに、お腹の膜に表出する夢を見た。

突き破るほどの勢いで、今すぐにでも出てきそうなリアルな形。

「ああ、これがよく妊娠経験者の言っていた、≪足の形が分かるくらい≫って

やつなのね」

と思ったところで夢は途切れた。

タン壺が欲しいほど、タンがよく出る。病原菌と戦った勇者、白血球の死骸を包んで。

風邪は回復に向かっているということか。

特に悪くなることもなく、かといってまだよいわけでもないけど、

もうこれ以上悪化はしなそうだな、と体感でわかる。よかった。

ここ3、4日の私の運動といえば、家の2階からの昇降運動と、

クイックルワイパーに頼っての縦すべり運動、程度である。

とてもよくない兆し。ヨガもやらなくなってしまった。ヨガはやり始めると

心地よいのだが始めるまでがゆるすぎてやらなくなってしまう。

ダメ人間の兆し。

—————–

過去の韓国日記やら写真を整理している。

いまさらながらに、もう少し豆に記録しとくんだった、と後悔。

22,23歳の多感な時期はブログをほとんど毎日書いていて精力的

だったのに、韓国に行った途端、あまり書かなくなった。

残された日記は、どうでもいい日常ばかりで、記憶に残したかった記憶は

私の頭の奥で化石化しつつある。断片的な記憶を探ってもう一度再現しようとも、

途切れすぎて文章にならない。残念。もう一度1か月韓国に行って、あらゆる場所を旅し、

オンマから料理の仕方を習って、記録に残すのが今の願望。with my son.

あと16日で予定日。

昨日は思い切ってアルフを洗ってやった。
もう鼻をつままないと一緒にいられない、かわいそうな程の
異臭を放っていたので、腰が痛かったけれども思い切って。
洗ってよかった。アルフは今私の膝の上ですやすやと眠っている。
本人は臭かったことを知らない。

あとたった16日で、長男誕生予定日である。
そんなとき、咳ばかり出る風邪をひいてしまい、とうとう漢方薬を摂取。
同じ妊婦さんに勧めてもらったハーブエキスも購入。
昨日は朝昼が栄養不足なのを思い出し、いまさらながらも
ひじきの煮物といただいた日本一美味しいワカメでナムルを、
さつまいもの煮物などを作り、いそいそと食した。
カフェにいると朝昼はトーストばかり食べてしまい、体によくない。
わかっちゃいるけどやめられない!

息子よミアン(ごめん)でももうやめるよ。(いまさらだよね)

さて、出産2週間を目前に、我が家ではまさみ休養計画が
持ち上がり、今のところ夫も参加しており、カフェに代わりに出てくれている。
息子がお腹の中で動くと、たまにぽこぽこと弱い痛みがあり、
なんだか「出てきそう」で怖い。またや足の付け根も朝起きるときは痛くて
起き上がるのが辛い。・・・そう、普通の妊婦の症状です。
でも今さら動かなくなるとよくない気がして、家事を楽しんでいる今日この頃。
掃除は下手だけど好きなのである。

昨日テレビで、出産4か月までの妊婦さんの実態に迫るドキュメンタリーを見た。
「ついママ」というtwitterで呟くママが増えているらしく、
専門用語まで生まれているらしい。ダッコオアクライだっけ?
だっこしないと泣く→つまり、何もできない。
とか、チャンカータイム(カアチャンタイム)→つまり、ママの時間!

とか。なんか世知辛い。
1か月後どんな子育てをしているんだろう・・・。

すくすく育ってほしい。

撮影とカフェ犬のこと

今日はテレビ東京の「天空散歩」撮影が朝からあった。
4名のスタッフさんがいらっしゃり、てきぱきと店内や
スコーン&コーヒーの大写し、(湯気にこだわってたな)
ハンドドリップの様子、外観を1時間半弱で撮影。
もしかしたら手だけ私も登場するかも。
放映日は2011年2月17日(木)20:54~だそうです。

ところで、咳が酷くなった。夜中は喉が痛くて少し辛い。
韓国語の生徒さんから、「ハーブエキス」を飲んで免疫力をつけると
いいとメールでアドバイスをいただいたので、早速アマゾンにて購入。
ハーブ系の飲み物は大好きなんです。ペリエと割りたいな~。

いい加減愛犬を洗ってやらないと臭くて近寄りがたい。
だけど洗面所で洗うと腰が痛くて・・・。とはいっても私以外誰も洗う気の
ない我が家。今洗わねば、きっと出産後も洗わず、また韓国にいたときみたいに
「モップ犬」になってしまう・・・。それは避けねば。せっかく「カフェ犬」っぽくなってきたのに。

法華経寺節分会&韓国旧正月

今日は法華経寺の節分会。

一年で一番大豆の消費量が多くなるであろう日である。

去年は芸能人の誰誰が来る、と事前に噂で聞かされていたような

気がするのだけど、今回は全く無知。誰か来るのだろうか。

私はあと18日で予定日を迎える妊婦であり、若干風邪をひいているのであり、

カフェにいるのがふさわしくない人間であるからして、今家のパソコンで優雅に

ブログを書いているのである。しかも半年以上ぶりに。

きっと今日はカフェがバタバタしているのであろうと予想がつくから、そわそわする。

そんなそわそわ感を押し殺すためにブログで精神統一しているわけである。

冷蔵庫に入ったきんと冷えたイチゴを3~4個ずつ、1時間おきぐらいに食べている。

医者から処方された薬は手をつけていない。「心配いらない」と言われても心配するのが

始めての親心なのだ。

さて、今日は確かに「節分」だけど、韓国では「旧正月」ということになる。

したがって、夫から「オンマ、アボジ、ハルモニ」に電話してと言われた。

「セベ・ポクマニパドゥセヨ~!」(幸あれ!福は内!みたいな感じ。*かなり意訳)

と言って、祝福する。そうすると、「ウン、マサミドポクマニパダラー」(まさみも福を一杯うけなさい)

みたいなことを言ってもらえる。胎児は只今2770g。胎児というとよそよそしく、息子というと

歯がゆい間柄のお腹にいる赤ちゃん。

———-

昨夜は芥川賞の「きことわ」を本八幡のくまざわ書店(小さいのに品揃えが私好み)

で購入して、夜読んでみた。繊細な文章で日本文学と言っていいぐらい表現が豊か。

だけど、文章がなかなか頭に入ってこないので、一気読みができない。なので、つかれて

中断。頭を動かしたら甘いものが食べたくなり、だけど昔の家みたいに食べたいものがあったら

即購入できる環境でもないので、「甘いものー」となんとなく騒いでいたら、

夫が「ホットク」(韓国の屋台菓子。米粉とか強力粉の中に、黒糖、くるみ、ピーナッツなどを入れて油で焼く)

をつくってくれた。もう何回もつくってくれているのでかなり味が整ってきて、美味しい。

熱々だと、トロッととろけた黒糖の香ばしい匂いがして、愛犬アルフもたまったものではない。

あちこちでお座りをしては、ありったけのかわいい仕草をして、おねだりをする。

ソファで赤ちゃんの動きをしばらく観察したりして夜を過ごし、就寝。

———————

今日は暖かいという噂。

7/2韓国好き集まれ!の会vol.1

韓国好き集まれ!の会をカフェ1Fで開催。

お茶でも飲みながら、韓国の文化や食べ物、習慣などのついて

おしゃべりしましょ~、というのをコンセプトに、うちの韓国語講師アンさんと

その生徒さんと一緒に始めた会。

雨が降る降ると言われてかなり身構えていたら結局パラパラ降ったり止んだり

曖昧・・・な時にこの会を開催。

お隣の長閑さん家の店主とそのお友達も参加してくださり、

会話が弾んだ。

アンさん以外女性ばかり・・・というものと、70年代女性が仕事を得にくかった

時代に女性として仕事をしていた方が2名いらっしゃったので、

話が自然と女性の権利問題今昔に。

夫のことを「主人」だとか「旦那」とか呼ぶのは、

女性を卑下する言い方である、とか、

「入籍」するという言い回し自体、女性が籍を持てなかった時代に

できたある種の差別用語であるので、今は使うべきではない、

とか、とても勉強になる話が多かった。

特に、昔は夫の国籍によって、婚姻届を出した時点で妻もその国の

人間にならなければならなかった、という話は衝撃的だった。

そしたら昔であれば、私は韓国人にならなければならないという話で。

外国人の権利問題などの話も絡まってきて、

考えさせられることが多かった。

私の夫が韓国人なので、全く他人事ではないのだ。

かくゆう夫は、今韓国で仕事をしつつ久しぶりに羽を伸ばしている。

今日久しぶりに義母と義父に電話をしたら、ちょうど息子との昼食を

楽しんでいるところだった。

義母が、「お肉も野菜もぜんぶまさみが好きなのばっかりだから、一緒に食べられればよかったのに・・・」

と残念そうに言った。

焼き肉・・・。

韓国との関係を、ただ「好き」のままで維持していられるのは、幸せな時代に生まれたからなのであり、

前人が苦労をして得た幸せを、今私たちが享受できているわけだ。

感謝しなければいけない、ということをこの会で思った。

珈琲追悼

カフェ店員、しかもハンドドリップのコーヒーを売りにしている

ものとしてはあるまじきことかもしれない。

でも、コーヒーを止めた。

一昨日からやめて、まだ3日目だけど、全く飲みたくない。

というかアイスコーヒーは顔を見るのも嫌だ。

カフェをはじめてから必然的に飲まなければいけない雰囲気になった

珈琲。一日4杯なんて当たり前・・・だったけど、もうそんな日とも

お別れである。

カフェを始めるその1年前に、わたしは一度珈琲を絶った。

その当時、珈琲への未練がたらたらで、かなり苦労して止めた。

理由は「疲れ」「憂鬱」「脱力感」の理由を珈琲に疑ってみたのだ。

そして辞めてみたら、なんだかスッキリ、頭も爽快になったので、

それきり1年飲まなかったのである。

それが、カフェをはじめてからまた中毒の様に飲み始め、

最近「カフェイン」の症状と思わしき「憂うつ感」やら「疲れ」が

私を襲うようになった。

だから、止めた。

というかもう飲みたくなくなった。

珈琲を売り物にする商売をしていて珈琲を飲まないだなんて

医者の不養生的な遣る瀬無さを感じるけれど、

でも止めたのである。