日記が消えた。
本日学校で開催される健康診断の最終日につき、
やむなく健康の診断をしてもらいにわざわざ
学校へ出向いた。
視力検査など、何かしら2年おきでいいような
ものがあるらしく、例えば1年でやったら次に
やるのは4年生になってからの様なことが、
手渡された診断書に書かれていた。
問診で並ぶ間暇だったので、思考を巡らせて見たが、
どうも今年の私は、去年やったものを何かしら
省いても、健康になんの差し障りもなさそうである、
ということが判然してきた。
だからといって、
「去年も4年生をやったので、ある程度健康診断を
省略することも可能かと思われるのですが、どうでしょうか」
とは、あまり言いたくない。
なので、その考えを飲み込んでしまった。
オレンジ色の変なTシャツを着せられ、
体重等を測定する。
何度も「真っ直ぐ立ってください」
と注意されたが、こっちはこれ以上ないほど
真っ直ぐ垂直に立っているつもりなのだから、
何度言われようが変わらない。
測定係もあきらめた様子で、身長と体重を
用紙に書き込んだ。
1年を経て、身長が縮んで、体重が増える、
というありがちなパラドックスが展開していたので、
これからは食生活と、姿勢を厳重に注意せねば
ならない、と、身が引き締まる思いだった。
が、実際は、去年より身は引き締まっていないらしく、
ゆるんだ体が恨めしかった。
さすが最終日の夜だけあって、恐らくほとんどが
夜間部生だったのだろう、順調に測定が
済んだ。
案の定、診断の結果は健康だったようである。
これでまた一年間、無茶ができる保証を得た。
教室を出たらすっかり夜が来ていた。
まだ暖かいので、チロルチョコを購買部で買って
散歩をしようと思ったが、やっぱりチロルチョコは
やめて、バーチョコを買った。
いつでもそうだが、30円や40円のものを
買うのは、自分が貧乏だと主張しているかの
ようでなんだか気が引ける。
実際そうなのだからしょうがないが、
私はポッキーとチロルチョコが並んでいて、
好きな方を持って行っていいといわれたら、
値段云々にかかわらず、チロルチョコを
間違えなく選ぶ。
一つの選択肢として、ポッキーを貰い、
それを誰かに売って、稼いだお金で
チロルチョコを大量に買い占める、
というのがあるのだが、私はそこまで
卑しくないはずであるので、この選択しは
自ずと除外されていくはずである。
さて、チロルチョコではなく、チョコバーを
買い、夜の表参道~原宿間の旅に出た。
ベネトンの一歩手前の横道に入ってグングン進むと、
カフェがたくさんあることに気がついた。
忘れないように携帯にカフェの名前を打ち込んで、
また来られるようにしよう、と思いついて
ポケットを探ったがどうも私の丸くて白い
携帯が見つからない。
例によって馬鹿でかい鞄の奥底に沈んでいることだろう、
と思って、打ち込みはあきらめた。
記憶しておこうとカフェの名前を唱えたが
覚えているのは、
3つあるうちの一つ、「ロータル」のみである。
自分の記憶力の乏しさが情けないが、
その分嫌なこともすぐ忘れてしまうありがたい
構造なので、その辺はいいことだとも思う。
朝からベーグルを食べ、昼もまたベーグル、
そして夜もベーグルを食べそうになったが、
すんでのところで「ミラノCセット」に変更した。
もちろん最後の食事はドトールである。
ミラノCにはさまったオニオンスライスが
やたらと辛くて、ベーグルを頼まなかった
自分が少し恨めしく思えた。
アイスコーヒーを無糖無ミルクで飲み干すと、
ごきげんな外人集団が入ってきた。
女の格好がもの凄い。
ピエロのようなアイメイク、真っ赤な唇、
赤毛を二つ結び・・・
発色のいい緑のカーディガンに水色のロマンティック
なスカート・・・そこから太くて大根のような
足が覗いている。
ヒョウ柄のトレーナーの男がいたりと、
全体的に目がチカチカする感じの集団だった。
個性ってなんだろう、と思いかけて考える
のをすぐに中断した。一人で考えてもつまらない。
注文を受けたドトールの店員が間違えなく
この集団をチラチラ見ながら、ひそひそと
「あの集団なんなんだろうね」と話し出すだろう、
という予感がして、その決定的瞬間を捕らえてやろう
と、フライデーの記者のごとく、目を皿のようにして
じっと見ていたが、彼らは真面目に仕事をしている
ようだった。ドアから女の店員が
キッチンに入っていったので、いよいよ噂が
始まるだろう、と思って期待したが、いそいそと
仕事をするだけだった。
よっぽど仲が悪いバイトなのか、
マニュアルの中に、「お客様を笑うべからず」
という項目があるのだろう、ということで
この馬鹿馬鹿しい妄想は片付けた。
目覚ましがワンワン鳴っていてもお構いなしに、
睡眠を楽しんでいたら、30分後、目が覚めたなりに
まだ目覚めぬ私を見かねた母が、起こしてくれた。
めずらしいこともあるものである。
レベルの低い我が家で一番の早起きは、母ではなく
私ある。
噂によれば、ワンワン鳴る目覚ましがうるさくて、
父も起きてしまって、私を起こしてみたらしいが、
何の音沙汰もなく、あきらめて寝てしまったという
こともあったらしい。
なにしろ深い眠りに入っていたもので。
私は出発時刻の2時間前には目覚めていないと落ち着かない、
意外に神経質な一面があるのだが、今日は30分ロスを
したので、1時間半の余裕がある。
その余裕をふんだんに利用すべく朝食後、
朝の瞑想(だって眠いんですもん)
に入ったり、洗顔料を丹念に泡立て、きめ細かい
泡を顔にすり込ませる作業をしたり、
今日行く場所の詳細をウェブで調べたり
なんなりしていたら、いつの間にやら
時は経ち、どうも、乗るべきであっただろう
電車を乗り過ごしてしまった形になった。
顔面蒼白とまではいかないが、やや焦って
家を出た。
そうしてのんびりとした朝が急にてんやわんやな
感じになって幾分不機嫌な私を乗せ、
電車は走りだした。
気持ちだけは、もう到着している状態であったが、
いくら気ばかり焦っても、電車のペースは
至ってマイペースである。
いつもよりのんびりとした感じで電車は止まったり
進んだりした。
乗り換えを経て、白金台へ。
用事の時刻をやや過ぎた頃に、電車は駅についた。
時間厳守の用事だったので、かなり焦り、私は
疾走した。その早さといったら、どうだろう。
駅伝のアンカーのそれである。徒歩5分と書いてあったが
大嘘で、猛ダッシュ5分の距離で、持久走が大の
苦手である私は、大変息が切れ、もう駄目だと
何度もあきらめた。なぜ、踊っている時はあまり
疲れないのに、(ランニングマンというのが踊りに
あるが、あれは正に走ったふりをしているような
ものである)走るとこのようにして、死にそうになる
のだろう、と考え、もしかしたら、息の抜き方が
下手なのかもしれない、と思って、そうだ、
ハウスの基本だ、つま先立ちだ、そうだ、そうだ。
と、つま先立ちになって軽く走ることを心がけ、
奔走したら、コンバースのつま先に負担がかかり、
余計に疲れてしまった。
ともかく、到着をし、私は試験を受けられる
こととなった。申し遅れたが、入社の筆記試験での
できごとである。
スーツにコンバースではなく、私服である。
まあなんてことはない、私は汗だくの状態で、もう試験の
始まっている会場へなんとか滑り込んだらしい。
出来の云々はさておき、無事試験は終わったと見えて、
私は白金台見物を決行することにした。
こうゆう始めての土地へくると、どうしたって歩かずにはいられないタチであって、
その歩いた場所全てをここに報告しようとすれば、ここまででも長い文章なのに、
それこそ果てしなく、うんざりするほど長い駄文を書くことになってしまって、ノーコメントという寂しい結果になる可能性があるので、私はなるべく端折りながら話を進めるように心がけるつもりではいる。
白金台は、その名前がよく似合って、印象が暖かい日の光で白っぽい。細い道がところどころ本道からどこかへ向かって伸びていて、先が見えない分、おもちゃのついた糸をたくさん並べたクジのようで、どの道を選ぼうか、といちいちワクワクしてしまう。
ともかく全く始めての地で指標がない。訳も分からず気違いになったバッタのようにあっちへこっちへ飛んでも仕様がないので、ともかく目黒駅を目指すことにした。
春のうららかな日差しが風を生ぬるくしていて、歩くとき心地がよい。ありがたいことに、
たまにふく強めの風が、私を後ろから押してくれて、別に選ぶ予定もなかった道を行ってみたりもした。「白金台ハウス」とか、古畑任三郎最終話で、古畑が松嶋菜々子とお茶をしたカフェとか、モデルの撮影とか・・・なんだか面白い感じのものに遭遇した。
目黒駅に近づいて来た頃にあった自然植物園のギャラリーショップに、私がMOMAで買い求めたはずのおしゃれコップが整然と並べられており、唖然とした。一瞬デジャブかと思ったが、そうでもなさそうで、むしろ私が買ったのとなんら変わらない、あのコップだった。変わるのは値段の表示がドルではなく、日本円であることぐらいだ。全て割って、自然植物園の植物が植わっている土に還元してやりたい気分に襲われたが、22年生き続けて身につけた倫理が私にそうはさせず、それをひっくるめて深いため息が出て落ち着いた。
そうして、目黒で母を拾って、母と親子の散歩の会を決行した。コンセプトは親子で散歩をすることで、目的は、親子で散歩をすることである。
目黒で拾ったはいいが、目黒にいてもアトレしかなくてつまらないので、恵比寿へ行こうということになった。
恵比寿といえばガーデンプレイスなので、そこへは行かない。目黒のアトレへ行ってすぐに、恵比寿のアトレへも行った。なんだかアトレばかりの日で嫌になる。別にアトレが嫌いでもないが、なんだかこうも多いと飽きる。アトレの有隣堂にて暫く本を見て回った。本屋はいつまでいても飽きない。本城直季の写真集がとうとう出たらしい。大変興奮したが、買うわけではない。第一高い。第二に高いのである。こういった類のものは、古本を買うに限ると思うが、今日出たものの古本を待つのには相当な忍耐力がいる。だから古くなれば安くもなるのだろうということで合点した。
そうして、今度は恵比寿から代官山へ歩こうの会になり、今度は代官山の方へ向かった。
私が生まれて間もない頃、恵比寿に住んでいたという話をたまに母親に聞かされるが、今日はその現場に居合わせたので、母の昔話が披露された。
「あそこのお蕎麦屋さんでよくばあばと食べたのよ」
「え、どこどこ?」
「もうないよ」
「あらこの辺かしら。住もうとしたけど住まなかったマンション」
「住もうとして住まなかったマンションのことなんてどうだっていいじゃん」
「あの頃もうすでに古びた感じだったのよ」
「じゃもうないんじゃないの」
「ないのかしら。あ、ちょうどこの辺だったはず、なにしろ角地だったのよ」
「だから住もうとしたのかも知れないけど住んでなかった
んでしょ」
そんな親子の会話を楽しみつつ、恵比寿の商店街を越える。
「物価高かったでしょ。一体何してたわけ、恵比寿に住んで毎日」
「翻訳の勉強したり、あとは全部赤ちゃんがいたから」
「随分優雅な感じだね」
「いつも赤ちゃん抱いてこの辺を歩いてたのよ」
「商店街も来たの?」
「商店街は赤ちゃん抱いてこない」
なんだか余りまとまった話にもならず、散漫な感じではあったが、私という赤ちゃんを
抱えて動き回る若かりし母を想像し、「ノスタルジー?」と聞いたが、返事は特になかった。
恵比寿と代官山の中間当たりの古着屋で、母と私が大変気に入ったバッグを共同購入した。共同購入とは名目だけで、母が気に入ったので、私は一切お金を払う必要はなかった。その後しきりにそのバッグの素材やらお得さやらを述べ合っていたらいつの間にか代官山の知った道にさしかかるところだった。
代官山のカフェでお茶をしたが、あのカフェは相当オシャレである。Anbionteという、駅の裏側を行ったところの、garageという古着屋の奥にある。入ったなりに、店員のあまりの巨大さに圧倒されたが、なんのことはない、キッチンが教壇のように高くなっているのである。訳が分かったら、急に普通のサイズに見える様になったから不思議である。
そうして家路についた。
電車の中で、母と私が立っていたら、前の席が空いた。母が座ろうとすると、その空席の隣に座っていた白髪頭をボンバーにしたきれいめのオシャレなおばあちゃんが、「空いたから座りなさい」と母に言ったので、母は「ありがとうございます」といった。それからおばあちゃんと世間話を3人でした。そうしたら、その隣に座っていた若者がこちらを見て、友達と目くばせをしながらニヤニヤしている。恐らく、知らない人に話しかけたおばあちゃんに驚き、それに付き合う私たちにも驚いているのであろう。Olive des oliveのバッグを持っている癖に生意気な態度である。私は知らない人であっても、気に入ればしゃべりかけられればしゃべる。自称シャイガールなので、自分から話しかけたりはしないが、気に入れば話に載るのは当たり前である。このテーマの話は、恐らくヒー子(友人である)が白熱することと思うが、私は、(ひーこも)他人に対するよそよそしい態度(私はあなたの他人よ、の態度)に常々疑問符を投げかけているのである。しかし、その一方で、とてもシャイである一面が覆い隠せないでいるので、あまりえらそうなことは言えないが、電車でおばあちゃんに話しかけられて話すのは、ロハス的なのである。一体何のことを話しているのかわからないが、ともかく、私の課題は、知らない人に当たり前のように話しかけることである。「あ、すいません、そこの砂糖とってもらえます?」
まあいい。京王で夕飯の買い物をして、帰宅。
フォーをつくったら、大変おいしくできて、満足。
と、まあ、約束を守れず、いつもに増して長文を
書いてしまった訳だが、それも一興。
おつきあいいただいた人は相当な暇人、という
太鼓判を私が押しましょう。